トップページ > 看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN) > 2014年7月 第163号

ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

外国人の看護師・介護福祉士、既に2割が帰国(2014/6/27 読売新聞)

インドネシア、フィリピンとの経済連携協定(EPA)に基づき、両国から看護師・介護福祉士の候補者を受け入れる制度で、国家試験合格者の約2割にあたる82人が既に帰国したことが26日、明らかになった。

日本政府は今月発表した成長戦略で、介護分野の働き手として外国人留学生の活用を掲げている。資格取得後も外国人が日本に定着するための制度見直しが求められそうだ。

厚生労働省の集計によると、制度を利用して入国した看護師・介護福祉士の候補者は2008〜13年度に計1869人。このうち計402人が国家試験に合格して資格を取得したが、今年6月現在、就労しているのは計320人にとどまり、残る82人は帰国していた。合格後に帰国したのは、インドネシア人が68人(合格者の26・7%)、フィリピン人が14人(同9・4%)だった。

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看護師不合格 日系企業に活路(2014/6/27 読売新聞)

日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づき、日本がインドネシア人看護師を受け入れて7年目を迎えた。国家試験の合格率向上や日本への定着が課題となる中、日本政府は24日発表の新たな成長戦略で「外国人が活躍できる社会」をうたい、在留資格を拡充する可能性などに触れた。その狭間で、「夢」破れて帰国した「エリート看護師」たちの今を追った。

―日本語武器 企業も高評価

「家族や友人を残し、泣きたい気分だけど、がんばります」

今月15日、ジャカルタで行われた看護師・介護福祉士第7陣候補者187人の壮行会。代表であいさつしたハリスマンさん(23)は、期待と不安が入り交じる心境を日本語でこう語った。

看護師候補生はインドネシアで資格を持ち、2年の実務経験を積んだエリートたちだ。事前研修で日本語を半年間学び、日常会話ができるレベルを全員達成した。ただ、訪日後には厳しい現実も待ち受ける。過去6年、1048人が参加したが、「言葉の壁」に苦戦し、国家試験合格率は約24%にとどまる。不合格者は在留資格を失い帰国する。

「はい、インダです。どうなさいましたか?」

南ジャカルタにある高層ビルのオフィス。日系の医療サポート会社「ウェルビー」で働くインダ・アグスティナさん(34)は、日本人駐在員の緊急の電話に滑らかな日本語で応えた。事故や病気に対応し、総合病院の紹介、通訳としての付き添いなどに奔走する。

NHK連続テレビ小説「おしん」の海外放送を見て育ったインダさんはEPA第2陣の候補生。フィリピンの看護大学に留学した経歴を持ち、「もっと勉強したい」と2009年に日本に渡った。日本では資格がないため、受け入れ先の病院でベッドの手すりをきれいにする日々。「患者さんの体をふいたり、排せつを手伝ったり、看護助手の仕事しかさせてもらえず、『何やっているんだろう』」と悩みもした。

息子2人を世話する夫は仕事を辞め、約14万円の手取りのほとんどを仕送りし、勉強に打ち込んだ。だが、看護師試験に3回失敗。「日本語は長い文章だと理解しにくい。(外国人への救済措置で)時間を長く取ってくれても、分からないものは分からない。」看護師としての自信だけでは乗り越えられない壁を感じた。「患者さんから『あなたが帰ったら、私死んじゃうよ』と引き留められた」が、家族との別居も耐えきれず、13年に帰国した。

復職した国立病院の月給は、最低賃金をやや上回る4万円程度。自信を失っていた昨年末、「勉強した日本語を生かせる」と友人の勧めで転職し、給料は2倍に増えた。「相手の目線で話すことと時間厳守を日本で学びました。試験はダメだったけど、今は満足です」と笑顔を見せる。

インダさんの同僚、シスカ・ロマウリさん(27)は国家試験に合格したが帰国を選んだ。「日本で働きたい気持ちもあったが、3年間働いたし、母親が『帰っておいで』と言うから」と話し、家族の存在を理由に挙げた。

―再挑戦組一握り

1500社以上の日系企業が進出するインドネシアでは、475人の「帰国組」の日系企業への就職が相次いでいる。全体数は不明だが、半数以上に上るとみられる。ホンダやユニチャームなど異業種への転身者もおり、「EPAを経て日系企業に就職」は看護師の新たなキャリアパスとなっている。

企業側の評価は高い。「ウェルビー」の担当者は「知識があり、勤勉で礼儀正しい。日本を理解しており、人材の定着につながる」と話す。同社は医療スタッフ10人全員を帰国組が占める。同国に進出する日本の医療機関は増える見込みで、今後、こうした職場で看護師はもとより、事務職などとして「貴重な戦力になる」との期待が高まる。

日本で働く夢を諦めないEPA出身者もいる。帰国後に介護福祉士に再挑戦したムハンマド・ショリヒンさん(30)は、今年合格を果たした。「本当は看護を勉強したかったが、『2年の実務経験』が要件で応募できなかった。だから介護福祉士を選んだ。漢字や専門用語は難しかった」と振り返る。そして、「もっと勉強してケアマネージャーの資格も取りたい。5年ぐらいは日本で働いて、それから帰ってくるか決めたい。一緒に日本に渡った妻が国家試験に合格し、徳島県で待っている。早く会いに行きたい」と話した。

ただ、「再挑戦組」はほんの一握りだ。日本政府は模擬試験の実施など後押しをするが、看護師試験の再受験者は延べ約30人、合格者は2人だけ。スポンサーが見つからない限り、再挑戦の渡航費や宿泊代は本人負担であることが原因だ。

インドネシア看護協会のプルワニングシ代表は「EPA出身者は高いステータスを得て、家族もいる。資金援助があっても、それを捨てて再び日本に行くのは相当難しい」と打ち明ける。一方、看護業界の一部は、「せっかく育てた人材を日本に取られた」との恨み節も出ているという。

―育成費用日本持ち

看護師・介護福祉士の受け入れでは、制度そのものの課題も浮き彫りになっている。難関の国家試験に合格しても、働かずに帰国する例は「日本側の損失」だが、背景には30歳までに結婚するイスラム教の習慣や家族の事情などがある。桜美林大学の浅井亜紀子准教授は「資格取得後に家族やパートナーを呼び寄せる環境作りが必要」と指摘する。

日本とインドネシアのEPAでは、インドネシア側が関税障壁の見直しを受け入れる見返りに看護職の育成を求め、日本側が費用負担を含めてこれに応じた。

この仕組みは、他国とのEPAでも採用され、日本は今年度、計約20億円を投じる。渡航費や日本語研修費用などを日本側が全て負担する今の仕組みは見直すべきだとの主張もある。

ただ、送り出す国の側が財政負担に応じるのは困難とみられ、専門家からは「海外でEPA出身者を雇用する日本企業から出資を募り、研修費用などに活用するべき」など指摘が出ている。

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インドネシアからEPAの看護師・介護士候補187人訪日(2014/6/18 Weekly Indonesia)

日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)に基づく看護師・介護福祉士受け入れ事業で、第7陣候補者187人(看護師41人、介護福祉士146人)は6月15日、在インドネシア日本大使館公邸で行われた壮行会に出席し、日本へ出発した。候補者らは愛知県で12月まで日本語能力を向上させ、その後、受け入れ施設に派遣される。じゃかるた新聞が報じた。

壮行会では、187人の顔に日本の生活での不安と期待が入り交じる中、鹿取克章駐インドネシア大使は「国家試験の合格に向けて頑張りつつ、日本の生活もぜひ楽しんでください」と激励した。

この事業ではインドネシアから総勢1048人の候補者を受け入れながら、合格者はわずか254人にとどまり、問題点や課題が指摘されている。

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故郷で盛大な結婚式 帰国を迷う介護士 徳島のフィトリさん(2014/6/12 じゃかるた新聞)

徳島県の老人ホームで介護士として5年間勤務しているフィトリさん(28)が、故郷の西ジャワ州クニンガンで結婚した。実家前の庭に椅子を並べ、招待客に食事を振る舞い、歌手やバンドを呼び歌や踊りで盛り上げた。多くの人がお祝いに訪れ、村祭りのような盛大な結婚式だった。

新郎は同じ施設で3年間働いているカマルディンさん(30)。5日後には彼の実家がある南スラウェシのマカッサルでも式を挙げるという。

徳島市に本部がある社会福祉法人・健祥会グループは、2007年から始まったEPA(経済連携協定)に基づきインドネシア人とフィリピン人を介護士候補者として採用した。現在約100人に増えた外国人は施設での重要な働き手になり、8月からはベトナム人も加わる。

フィトリさんはその第1期生で、12年に難関の国家試験に合格した。3期生のカマルディンさんも今年国家試験に合格し、二人は泊まり勤務や責任ある仕事を任されている。

「徳島の人は親切で、お年寄りも優しい人が多い。気候も温暖で、物価も安く、施設の支援も行き届いているので暮らしやすい」とカマルディンさんは話す。

フィトリさんと同期の同僚は結婚後徳島に奥さんを呼び、今月第一子が生まれた。もう一人の同僚も5月に結婚式を挙げた。

「私たちも早く子どもがほしい。父はやっと孫が抱けると喜んでいます。でも職場で日本人の同僚を見ていると、子どもを育て進学させることは大変そう。私たちインドネシア人にできるかしら」とフィトリさんは流暢な日本語で話す。

厚生労働省の試算では、10年後に国内で90万人の介護職の人材が不足するという。そのため国策として外国人を受け入れ始めたが、一番多いインドネシア人でも7年で608人。そのうち将来も日本で働ける国家試験に合格した人は167人しかいない。(いずれも厚生労働省調べ)

そのうえ合格者の中から約50人が帰国している。外国人介護者受け入れ事業を斡旋している公益社団の国際厚生事業団(JICWELS)は、その理由を「家庭の事情」「個人の都合」などとしているが、そうだろうか。20〜30代の男女に共通する不安を抱えて働いているはずだ。

フィトリさんは「私たちの将来はわからない。結婚したけれどインドネシアと日本に別れて暮らすかも」と私に打ち明けた。

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来日するベトナム人看護師候補ら、現地で壮行会(2014/6/4 読売新聞)

日本とベトナムの経済連携協定(EPA)に基づくベトナム人看護師・介護福祉士候補者の第1陣が来日するのを控え、北部フンイエン省の職業訓練校で4日、壮行会が開かれた。候補者138人は6日に来日し、全国の病院や介護施設で働きながら国家試験の合格を目指す。

代表であいさつした介護福祉士候補の女性、ダオ・ティ・トゥーさん(23)は「諦めようと思ったこともあったが、仲間に支えられて最後まで頑張り抜くことができた。日本で自立できるよう頑張りたい」と日本語で抱負を語った。

候補者は看護師21人、介護福祉士117人の計138人。1年間の日本語研修を受け、日本語能力試験で日常的な場面の日本語を理解できる「N3」に合格した。集団研修後、全国の病院や介護施設で働き始める。働き続けるには国家試験に合格する必要がある。

看護・介護人材の受け入れはインドネシア、フィリピンに続き3カ国目。厚生労働省は2025年時点で看護人材は最大45万人、介護人材は最大138万人が不足すると試算しており、ベトナム人候補者の成否は人材不足解消の試金石の一つとなる。

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黒岩神奈川県知事:外国人介護士を先行受け入れへ−特区制度を活用(2014/6/6 ブルームバーグ)

神奈川県の黒岩祐治知事は、安倍政権が検討している国家戦略特区で家事や介護分野の外国人労働者を受け入れる制度を先行して県内で導入する考えを示した。安倍政権はこの制度を月内に策定する成長戦略の改訂版に盛り込む見通し。

黒岩知事は5日のブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、県内の戦略特区に外国人介護福祉士を受け入れる方向で検討していることを明らかにした。県内の高齢化が急速に進み、介護の現場では人材不足が深刻化していることから特区制度を利用し、海外で介護の資格を取得した人材を積極的に活用する。

黒岩氏は「外国人家政婦という選択肢もあるが、まずは外国人の介護者から切り込んでいく。人が足りない介護の現場で外国人を活用することを考えてみたい」と述べた上で、「神奈川県が突破口になりたい」と語った。 政府は全国6地域の特区のうち神奈川県を含む東京圏での実施を念頭に調整を続けていたが、東京都の舛添要一知事は日本人労働者の賃金低下につながるなどとして受け入れに難色を示していた。

外国人介護福祉士については経済連携協定(EPA)に基づき、2008年度以降、インドネシアやフィリピンのほか今年度からベトナムから人材を受け入れている。しかし、日本の介護福祉士国家資格の取得が必要なことから、13年度までに受け入れたのはインドネシア人608人、フィリピン人520人の計1128人にとどまっている。

黒岩氏は「今もEPAでフィリピンやインドネシアから来ているが、ハードルが非常に高い。EPAとは違った枠組みで母国で資格を持った人たちを別途受け入れていけるような仕組みをまずやってみることができないかと考えている」と述べた。在留資格の見直しなども含め、具体的に必要な規制緩和の洗い出しを進めていく考えだ。

経済財政諮問会議の民間議員は育児や介護で就業できない女性が220万人強に上るとして「外国人によるサポートも検討すべきだ」と提言。政府の産業競争力会議も育児・介護の負担を軽減し、働く機会を得られる環境整備のため、特区で外国人人材の活用を先行実施し、需要を見極めた上で拡大の検討を行うべきだとの方針を示していた。

−超高齢化社会

神奈川県が外国人介護福祉士を受け入れる背景には超高齢化社会到来への危機感がある。特区では再生医療や生活支援ロボットなど最先端の医療技術と、発病前の「未病」の段階に着目した生活改善を融合させた「神奈川モデル」を構築し、国内外への発信を目指す。

「一番重視しているのはスピード感」と語る黒岩氏のリーダーシップで、神奈川県は民主党政権時の国家戦略総合特区の窓口として、昨年4月に産学官の拠点センターを設置。11月にはシンガポール政府と研究開発やビジネス交流の覚書を交わした。

特区の核は拠点センターがある川崎市の殿町地区。多摩川を挟んで羽田空港の対岸にある約40ヘクタールの自動車工場跡地に医療関係の企業や研究所が次々と進出している。16年度には再生医療分野の研究開発や製品・商品化まで事業展開できる中核施設を開設する。黒岩氏は「同地区を出島に医療の開国を目指す」と意気込んでいる。

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看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN)2017年 1月〜11月号

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