トップページ > 看護介護全国ニュース(BERITA PERAWATAN) > 2011年1月 第121号

ヘッドライン ... このニュース記事は、EPA(経済連携協定)及び、外国人看護師・介護福祉士に関する全国ニュースをダイジェストでまとめたものです。

健やか わかやま:インドネシアの看護師2人来院、那智勝浦の温泉病院で研修/和歌山 (2010/12/17 毎日新聞)

日本の資格取得へ 日本での看護師資格取得を目指すインドネシアの看護師2人が6日、那智勝浦町立温泉病院(木浦賀文(よしふみ)院長)に来院。看護助手として研修を受けながら国家試験にチャレンジする。

ディムローさん(27)とサンティ・メイリナ・シトゥモランさん(25)で、母国の看護師免許を取得し、いずれも2年以上の実地経験がある。2人は病院の看護宿舎で生活し、看護助手として働きながら勉強。年1回の国家試験を受験する。病院によると、研修期間は最長で13年2月までの3年間となる。

08年度から始まった経済連携協定(EPA)に基づく、看護師候補者、介護福祉士候補者の受け入れで、2人は3期生。

職員から歓迎を受けた2人は「少し寒い。宿舎のコタツはいい」と話した後「漢字が難しいが一生懸命勉強して合格したい」と意気込みを語った。木浦院長は「文化の違いはあるが、医療に従事する者として思いは変わらない。互いに刺激し合い高め合える関係を築きましょう」とエールを送った。

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(回顧2010)EPAで来日、看護師に (2010/12/22 朝日新聞)

今年3月、日本との経済連携協定(EPA)=キーワード=に基づいて来日したフィリピン人のラリン・エヴァー・ガメッドさん(35)が、外国人の看護師候補では初めて国家試験に合格した。昨年10月末から足利市の足利赤十字病院で看護助手をしながら研修を積んできた末の「快挙」だった。

4月からは正式な看護師として同病院の救命救急病棟で働く。約9カ月たった今月半ば、改めて病院を訪ねると、エヴァーさんは青の看護服を着てさっそうと現れた。

担当は集中治療室(ICU)。心筋梗塞や脳梗塞の患者が多く、患者の脈拍や血圧などを測定し、点滴や筋肉注射なども看護師になって任されることは日々増えている。

月曜から金曜までの日勤を担当し、毎日4〜5人でチームを組んでいる。活動を記録する看護記録も今では自分でつける。6月までの3カ月間は先輩に指導を受け、7月から許可が出た。

ICUには医師たちから指示などの電話がかかってくるが、相手の言っていることがわからないと困るので受話器を取らないようにしていた。同僚から電話に出るように言われることもなかった。しかし11月、電話が鳴った時に初めて「出て」と言われ、認められたようでうれしかった。任される範囲は確実に広がっている。

「仕事は慣れたけど毎日新たに学ぶことがある」。探求心と向上心の強さは合格前と少しも変わらない。看護服にはポケットが三つあり、そこからポケットサイズのメモ帳が三つ出てきた。「気管切開術準備物品」「薬剤名と効用と注意点」など小さな字でびっしり書き込まれている。「看護師の試験に受かる前は仕事ができればいいとだけ思っていた。今は救命のことを深く知ってスキルアップしたい」と話し、救急看護の認定看護師をめざすことに決めた。

来年3月には長男(11)が小学校を卒業するので休みをもらって帰国する。ノートパソコンを贈るつもりだ。「電話すると、息子たちは『僕たちいつ日本に行ける?』と聞いてくる。来年は息子たちを日本に呼んで一緒に暮らせると思う」。夢がまた一つかないそうだ。

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医療ビジネスアジアで拡大 (2010/12/21 日本経済新聞)

アジアで医療ビジネスが拡大している。シンガポールや香港で病院など医療施設が投資対象となり、2千億円を超える大型案件も出ている。経済成長に伴う所得上昇や高齢化の進展により、高度で質の高い民間医療への需要が増えるとの見方を受けた動き。これまで域内での経営拡大の動きが先行していた金融や小売りなどサービス業を追いかける形で、医療分野でも積極的な経営に弾みが付くとみられる。

シンガポールでは、著名投資家ピーター・リム氏が地元の大手病院トムソン・メディカル・センター(TMC)を買収した。取得額は5億シンガポールドル(約320億円)程度とみられる。TMCは同国内で産婦人科や小児科の病院や診療所を展開しており、近くベトナムにも病院を開く予定だ。

リム氏はこれまで不動産などに投資してきたが、「(アジアでは)所得増に伴い民間医療の需要が拡大する」と判断。得意とするサービス分野の一環として医療分野への関与を拡大する考えだ。

8月には、マレーシアの政府系投資会社カザナ・ナショナルが大手病院パークウェイ・ホールディングス(PH)の株式95%を総額32億シンガポールドル(約2千億円)で取得した。これによりPHが中国、インドを含むアジア5カ国で展開する16の病院や医療施設を手に入れた。

PH買収でカザナに敗れたインドの大手病院フォルティス・ヘルスケア・グループは、香港のクオリティー・ヘルスケア・アジア(QHA)から合わせて約100の傘下の病院と歯科医院を約15億香港ドル(約162億円)で買収した。インドで48の病院を経営するフォルティスは、中国本土への参入も視野に入れる。

フィリピンでは香港系投資会社メトロ・パシフィック・インベストメンツがマニラにある病院の経営権を取得。3億5千万ペソ(約6億6千万円)を投じ施設を近代化し、患者の受け入れ態勢を強化する。5月には中部ネグロス島の病院も傘下に収めており、5年以内に同国内の病院網を現在の2倍の10程度に増やす。

こうした動きの背景には、成長に伴う所得向上とともに、高齢化の問題もある。国連の推計では、香港、シンガポール、韓国での65歳以上の高齢者は人口比で現在の11%から30年後には30%に上昇、中国でも8%から22%になるとみられる。

米調査会社フロスト&サリバンによると、アジア・太平洋地域での医療サービスや機器、薬品などの「医療関連市場」は2012年にかけて年12%と世界全体の約2倍の伸びを続ける見通しだ。

高度で質の高い医療への需要を見越して国外展開に乗り出す企業も出ている。サービス水準に定評があるシンガポール医療大手のラッフルズ・メディカル・グループやヘルスウェイ・メディカルなどが中国などアジアでの医療施設の新増設に次々と乗り出している。

日本からも脳神経外科を主力とする医療法人KNI 北原国際病院(東京都八王子市)がカンボジアのプノンペンに大規模病院を開設する計画を進めている。来年4月までに救命救急センターを設置し、現地での出資を募り大規模病院の開設も視野に入れている。

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特別寄稿 EPAインドネシア看護師・介護福祉士候補者第3陣もいよいよ就労へ  (2010/11月号 月刊インドネシア (財)日本インドネシア協会)

さる6月8日からスタートしたEPAインドネシア看護師・介護福祉士候補者第3陣の就労前6カ月研修が12月3日に無事終了し、皆さまそれぞれの受入機関で就労を開始しました。今年度の特徴は、6月8日より8月6日までの2カ月間に亘り、インドネシア(バンドン)のインドネシア教育大(UPI)において日本人講師とインドネシア人講師が協力しながら、日本語研修などを行ったことです。もちろん、6カ月の期間をすべて日本で学ぶほうが、教室と日常生活の両方で日本語に触れることができ、日本語能力が早期に伸びることは確かです。しかし、さまざまな制約から第3陣に関しては当初2カ月をインドネシアで、残る4カ月を日本で行うことになりました。昨年度は当初4カ月をUPTで、残る2カ月を日本で行われてました。いかに短期間で日本語に慣れてもらうかを考えた結果、インドネシアの日本語教育の現状を調査した上で優秀なインドネシア人講師を協働すれば効果が期待できることが分かりました。主たる講義は日本人講師が行い、候補者たちが理解しにくい部分をインドネシア人講師が指導しました。自らが日本語を学んできた経験を元にした指導は、日本人講師が気づきにくい点を補填できることと、インドネシア人講師自身も指導経験を豊かにできる長所がありました。これは、EPA候補者の日本語能力が向上するだけでなく、インドネシアにおける日本語教育界にとっても得るものが大きかったでしょう。

8月7日に来日した候補者たちのうち、39名の看護師候補者たちはAOTS中部研修センターで、75名の介護福祉士候補者たちは横浜研修センターで、残る4カ月の研修を受け、12月3日に無事全員が研修を修了しました。

日本での4カ月の間に日本語研修だけでなく、病院や施設の見学で実際に働く現場のイメージをつかんだり、災害時に職員の1人として患者さんや施設利用者を安全に誘導できるように災害訓練を行ったり、防災センターで地震を体感するなどさまざまな分野で就労に向けて事前研修を行いました。2008年に来日した第1陣の候補者が就労先で褒められたのが実はこの災害訓練でした。病院で就労を始めて間もなく災害訓練があり、日本人職員よりも大きな声で避難誘導を行ったり、消火器を見事に使いこなしたことで候補者に対する周囲からの信頼感を高めたそうです。

また、第3陣の候補者たちが恵まれていたのは、第1陣、2陣の多くの先輩たちが学習や生活の助言をしてくれたことです。第1陣の頃は何をするのも前例がなく、なかなか訊く相手も見つからなかった苦労が思い起こされます。今春看護師国家試験合格した新潟の三之町病院看護師のリア・アグスティナさんヤレド・フェルナンデス・フェブリアンさんは、合格した恩返しとして休日に中部研修センターを訪問し、後輩たちに合格体験談を話してくれました。もちろんまだ合格に至っていない候補者たちもバーベキュー大会などの懇親の機会を利用して後輩に日本語や国家試験勉強のコツをシェアしてくれました。これは非常に大切なことだと思います。たとえば看護師候補者は3年の滞在期限ですが、われわれは5年に延長希望しています。一つには受験勉強をして試験に望めるのが現状では実質2回目の受験であり、前回の受験ではギリギリで不合格だったという声もいくつか聞いています。前回ギリギリだったから次は確実に合格するとは言えず、あと数回チャンスが増えればかなりの人が合格する可能性が出てきます。そして、もう一つの理由は、リアさんたちのように先輩が後輩を指導してくれることです。多くの病院、施設が外国人をいかに国家試験合格に導くかで大変悩まれています。文頭で、今回の研修の特徴としてバンドンでインドネシア人の日本語講師も指導に加わり、彼ら自身が実際に学んだ経験を元に今回の候補者を指導してくれたと述べました。まさにこれと同じことが、就労中の国家試験勉強に対しても言えます。先輩が多くいればいるほど後輩への指導が行き渡るだけでなく、後輩を指導することで、自分自身の受験勉強にも大いに役立ちます。候補者たちの合格率が飛躍的に伸びることが期待でき、受入機関も長期滞在してくれることで負担感が減り、かつ合格率も高いのであれば受入を検討する機関も増えるでしょう。国の負担も軽減するはずです。話を戻します。11月には横浜でAPECが開催されました。ある日、在日インドネシア大使館から連絡が入り、ブディオノ副大統領と在日インドネシアコミュニティとの懇親会にぜひEPA看護師・介護福祉士候補者を招待したい。横浜研修センターの介護福祉士候補者をメインに就労中の第1陣、2陣も声掛けして欲しいとのことでした。大変光栄なことと、すぐに50名近く集めて会場の目黒インドネシア人学校に引率しました。結局、副大統領、ルトゥフィ駐日大使だけでなくマリ・パンゲストゥ商業大臣ほか多くの閣僚も出席されました。すべての質疑応答が終わりかけた頃、ルトゥフィ大使から「本日はEPA看護師・介護福祉士候補者も大勢出席してくれているが、何か一言ありませんか。」ときっかけを下さり、鶴巻温泉病院で就労中のルシーさんが代表して皆日本で一生懸命頑張っていることの報告、そして滞在延長を希望しました。

インドネシアより暑い時期に来日した第3陣ですが、そろそろ涼しくなり、コートが必要になった時に素晴らしい贈り物が届きました。月刊インドネシアまた口コミで日本インドネシア協会メンバーの皆様にお願いした冬服のご提供でしたが、1人当たり3着が研修中の看護師・介護福祉士候補者の元に届けられました。彼らからは多くの感謝のメールや寄せ書きが送られてきました。印象的だった言葉は、「ありがとうございました。私たちは暖かい服とともに、皆様の暖かい気持ちを受け取りました。

皆さんが応援してくれているから、よしっ頑張ろうという気になりました。」と、皆様が心をこめて送ってくださった意味をよく理解して、就労直前の不安な気持ちを吹き飛ばし勇気を呼び起こしました。AOTSの職員として、心から感謝申し上げます。

こうして、12月3日に閉校式を迎えました。関係機関の方々にスピーチをしていただきましたが、秀透だったのは横浜研修センターで介護福祉士候補者を代表してスピーチを行ったアドリア・プラユディスティさんの挨拶でした。 「6カ月前に私たちは日本語をまったく分かりませんでした。何も分からなかった私たちに、先生方が毎日我慢強く教えて下さいました。私たちが日本語をよく間違っても、『大丈夫よ。毎日一生懸命頑張ればだんだん上手になりますからね。』と言って下さいました。私たちと先生たちは毎日一緒に笑ったり、泣いたりしました。日本語だけでなく、日本の文化なども勉強できたことは楽しく、とても良い思い出になりました。明日から施設で働きますが、これからもここで勉強したことを活かして、頑張っていきたいです。」

彼女は、日本語を全く知らない状態から6カ月間一生懸命勉強し、5分間のスピーチでほとんど原稿を見ることなく、時折思い余って涙ぐみながら話してくれました。聞いていた候補者たち、職員そして来賓の方々も思わずハンカチを目に当てていました。なんと素晴らしい人が日本に来てくれたのだろう、有り難いことだなあと感じました。

現在、彼らが就労し始めて約1週間経ったところです。第1陣と大きく違うのは、移動したその日からメールが届き始めたことです。以前は、受入れる側の皆さんも初めてで、なにをどう準備してよいか戸惑われ、メールや携帯を使えるようになったのはほとんどが1、2カ月経ってからでした。この3年間に受入れる側、そして候補者たち同士の情報交換が進み、経験が蓄積されつつあるなあと当時を振り返って懐かしく感じます。

こうして、新しい面々との出会いがある中、来る2月には2008年に来日した第1陣の看護師候補者たちは最後の試験に挑みます。最後のひと踏ん張りです。心から合格を祈ります。が、たとえどのような結果になろうとも看護師候補者の皆さんに日本をずっと愛していただき、これからも日本との関係を続けていっていただけるよう、帰国後もフォローして ゆくのがAOTS職員であり、日本インドネシア協会のメンバーでもある私の役目と決意を新たにしております。皆様方もどうぞ候補者たちへのご支援、そして激励を引き続きお願い申し上げます。また、本誌をご覧になられている在インドネシアの皆様もご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
(財)海外技術者研修協会(AOTS)企画部広報グループ長 大谷秀昭

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